2011年1月19日水曜日

シェアハウスの可能性


昨日のFMラジオ番組で、興味深いトピックを耳にしたので、ちょっと調べてみた。
いわば、シェアハウスの発展形です。

つまり、こういうこと。
シェアハーモニーレジデンスという会社が、今回新たに、シングルの子育て世代とシニア世代のシェアハウスを運営することになった、というもの。
メリットとして、母子(父子)家庭にとっては、昼間子供が一人になることへの不安や、待機児童の問題が解消される、家事負担が軽減される、など。一人暮らしの高齢者にとっては、防犯などの面で助かる、孤独でなくなる、など、双方にとってメリットがある、としています。
同居するとなると相性などがあるので、お試しをしてみて、それから決めるらしい。
その「お試し」には、現在かなりの件数の問い合わせがあるみたいです。

こういう、本来の家族という枠を超えた構成員による同居のカタチを、「コレクティブハウス」というらしいのですが、少し前に、内田樹がこれをテーマにブログ書いてた。

こちら
http://blog.tatsuru.com/2010/11/22_1626.php


ワタシ昔から、こういう家族以外の共同体の可能性みたいなのにかなり興味があるのですが、本来の「家族」のような、よくも悪くも切っても切れない的な、継続性のあるものとなると、やっぱりあんまり思いつかない。
地域のふれあいや、一時的なつながり程度のものなら、そのへんにいっぱいありますが。

それを、内田センセイは、「そこに参加する人間の、現時点での利便性にもとづいて選択された共同体には、歴史を貫いて維持しなければならない共同体の統合軸がないから、短期的に崩壊する」と言います。
つまり、「構成員のうち、もっとも非力なものを統合の軸にしている共同体でないと続かない」と。
たとえば、その意味合いで継続可能な共同体は、教育のための共同体、医療や介護のための共同体、宗教の共同体の3つくらいとも言っています。

そうすると今回の、母子(父子)家庭とシニア一人暮らしのシェアハウスというニュースは、かなり楽観的に、そして未来に可能性があるようにコメントされていましたが、はたしてそうだろうか。
母子(父子)家庭は、シニアの介護の可能性まで考えているか。
シニアは、いまさら家事や子育ての、面倒な部分も背負えるか。
今現在の、双方のメリットで結びついても、それは、相手の弱い部分も引き受ける覚悟がない限り、すぐに不満へと変わってしまうのかもしれません。


だから、もしかしたら逆に、そこまでのことを考えて暮らし始めたとき、それはある意味で新しい「家族」のカタチができるかもしれない。
それは、家族のカタチの多様性につながるかもしれない。
と思うと、やっぱりやってみる価値があるようにも思います。

でも今現在で、そこまで考えてやる人っていないよなー、とも思うなぁ。
それなら、他人とでなく、ホントの家族と、家族を継続させるための努力をする、と思いそう。
理不尽さが軽減される、という意味で。
運営する会社も、もっと軽いつながりで提案しているように見えるし。
こういうのが定着するのは、本気で、元の「家族」が崩壊してしまった時、かもしれませんね。
それが近々のことなのか、なんだかんだでやっぱり残るものなのか。

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